カテゴリー「出会い」の記事

2007年4月21日 (土)

出会い⑤

同じ1998年に『次代への表現Vol.6』という若手作家中心の展覧会を長野県小布施町にある「おぶせミュージアム」で開催することになりました。。この美術館は日本画家の中島千波先生の美術館でもあり、中島先生と夫人にご理解いただき快く許可をいただきました。この展覧会は、現在神保町にあるKギャラリーのKさんを中心に外神田のSギャラリーのSさん、Y美術のYさんと私を含め数名の若手画商で企画し、この時の出品作家の中に池田学さん(現在、ミズマアートギャラリー取扱作家)と曽谷朝絵さん(現在、西村画廊取扱作家)に出品していただきこの時の池田学さんの出品作「蔵王ノ王」が、おぶせミュージアムの館蔵品になりました。

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2007年4月20日 (金)

出会い④

1998年に若手アーティストの発掘をはじめました。まず最初に同年の東京藝術大学の卒業制作展を見に行き出会ったのが、油絵科なのに彫刻を出品していた前原冬樹さんとデザイン科でペン画の作品を出品していた池田学さんです。この二人が私にとって最初の取り扱いアーティストとなりました。前原さんは、木彫刻に油彩での着色をする写実表現作家で、池田さんはペン画で創造の世界を表現する作家です。これから出会うアーティスト達も含め詳しくは、後に『アーティスト達との出会い』で、作品を初めて見た時の印象や作家本人にお会いした時のお話をさせていただきます。

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2007年4月19日 (木)

出会い③

講演会での村越社長の言葉を聞き若手アーティストの発掘と育成をめざしはじめた時にもう一人、衝撃的な人と出会いました。銀座6丁目にあるS.H堂画廊に当時勤めていたH.Kさんです。この方は、私より6才年上でしたが、すでに若手作家の発掘を行っていたのです。私はこの方に発掘の仕方、作家へのアプローチなどを教えていただきました。その頃、30代前半でこのような事をしている人は私の知る限りこの人だけでした。後に長野県にある小布施ミュージアムで『次代への表現』展という展覧会を一緒に企画することになります。今現在H.Kさんは、神田神保町でギャラリースペースを持っており、私にとってこの方は先輩でありライバルです。

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2007年4月18日 (水)

出会い②

当時、芝にあります東京美術倶楽部(日本最大の組合)でよく講演会を行ってました。私が今も忘れられない講演会があります。銀座にあります村越画廊の村越社長の講演です。村越画廊は、今でいうプライマリーの画廊で日本画の現存作家を中心に作品を扱い銀座の並木通りにお店を構えておりました。村越社長とはもちろん直接お話をさていただけるような間柄ではありませんでしたが、『眼一筋』という自伝を読ませていただき画商道を学び今でも私のバイブルとなっております。その村越社長の講演とあっては聞かないわけにいきません。新しい作家の打ち出し方やこれからの美術業界のお話をされていました。最後におっしゃった言葉が今でも忘れられません。「10年に一人必ずスター作家が生まれる。君たちそれを見逃すな。」この言葉が、私の原点のような気がします。

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2007年4月17日 (火)

出会い①

これからのお話は記憶をたどりながらですので、多少前後するかもしれませんがご了承ください。18才で美術の世界に入った私は、すぐには友人ができませんでした。それというのも同期は大学卒業の新卒で年齢も22,23才の年上ばかりでなかなか馴染めずにいました。当時、勤めていた画廊が美術業界の組合に所属し若手は交換会(業界の市場)のお手伝いをしながら親睦を深めその時の先輩に現在、外神田にありますSギャラリーのSさんと出会いました。Sさんには独立してからも大変お世話になり今もお付き合いをさせていただいております。美術の世界に入り2,3年たった頃やっと同世代の友人ができました。銀座にあるヒロ画廊の専務取締役藤井万博さんです。藤井さんとのエピソードは幾つもあり、今でも良き理解者で親友です。

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