カテゴリー「美術界」の記事

2007年4月16日 (月)

伝統ある美術界③

美術業界では、画廊主の取り扱い作家や作品銘柄が画廊のイメージになりこれを個性といいます。この強い個性の中で新人が自分を出すのは大変です。美術界の話は、後にもう少し詳しくお話させていただきます。これからは、当時の私の活動や作家、先輩、友人達との出会いをお話していきたいと思います。

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2007年4月14日 (土)

伝統ある美術界②

当時、銀座の画廊に勤めだした私の仕事はとにかく作家の名前を憶えることでした。作家と言っても物故作家、現存作家、日本画家、洋画家、彫刻家、海外作家、数限りなくあります。厚さ10cmほどの美術年鑑という本がありますが、とてもとても憶えきれません。まず、交換会(美術業界の市場)などで人気作家の名前を憶え一緒に流通価格を確認していきます。しかし同じ作家の作品でも図柄や作品サイズに価格変動があり大まかに認識するのに3年から5年ほどかかります。しかしこれだけでは、仕事になりません。新人は、お店の掃除や買い物、なでもやりこれを修業といいます。美術品を購入するお客様の前に立ちますので、言葉使い、立ち振る舞い、身だしなみなども憶えていきます。普通の会社でしたら3年もすれば、後輩もできて仕事にも慣れはじめますが、美術業界ではまだまだ小僧です。

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2007年4月13日 (金)

伝統ある美術界①

これからお話することは私個人の経験、見解なのでご了承いただけたらと思います。平成元年、18才の時に美術界に身を投じました。銀座の画廊に就職が決まりその頃の日本はまだまだバブル真っ盛りで、今思えば美術界も活気に満ちていました。横山大観や梅原龍三郎も知らない社会常識もない素人が、画廊に勤めるということがどんなに大変かこの時は分りませんでした。この頃の画廊勤めの新人はまだ住み込みをしている人もいて丁稚と呼ばれており、最初の頃は車の運転や風呂敷の包み方など学び画廊主の後をついて回りながら仕事を覚えていくやり方でした。この頃の経験は、今も自分自身の中で受け継いでおります。

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